傷つける習性。
私は時々、はっきりと物を言いすぎて人の心を傷つけてしまう事がある。
そんな言い方しなくても、と言われるんだけど、言い方の気をつけ方が分からない。
50が分からない。0か100の言い方になってしまう。常に二択でイエスかノーで、いるかいらないかで、できるかできないかで、好きか嫌いかで。
わざとじゃないとか、悪気はなかったとか、そう言うのが理解できない。そのニュアンスが分からない。
分からなくて突き詰めて、人を傷つける。あ、また傷つけたかな、って言った後に気づく。大抵の人はすぐに忘れる。私はそう言う人って割り切る人が多い。
だから人と深く関われないんだって気がついた。私が懐に入るのを怯えて、なのにへんに突き詰めて、そして相手が私を諦める。
コミュ障って何だろう?私はうまく取れているんだろうか。多分うまくは取れていない。時々え?って顔される。でもそれは、コミュニケーションが下手なのではなくて、私の脳や心が欠落しているからで。。。あぁそれをコミュ障っていうのか。
私は自分が正論だなんて思ってないのに、正論だけでは上手くいかないよ、とアドバイスされることごある。私が正論だ!というよりは、正解なんてないんだから、恐れず答えを出そうよ、って思っているのに伝わらない。
いろいろ理解されなくて苦しんだ結果、私は誰も理解できてないから誰にも理解されなくて当然だというところで納得した。
だから、誰かに理解されるのも怖い。私は理解できないのにって思ってしまう。わかってほしい気持ちなんて、所詮誰にも伝わらない。何をどんなに力説しても伝わらないし、理解もされない。
なのに私は人をむやみに傷つけるらしい。
すごく恐ろしい事だ。曖昧に生きられない。どうして?なんで?はっきり言ってほしい。はっきり。
最近少しわかってきたのは真に受けないという事。冗談だったり、からかっただけとか、ちょっとふざけただけだと言った人に、本気で怒ったり突き詰めてはいけないって事。
この人は私には関係ないから、感情を起伏させてはいけないって思えば大抵乗り切れるようになった。その代わり、笑うことも泣くことも怒ることも減ってきた。結局、感情が全て邪魔なんだって結論に至った。
そしたらでも、誰も傷つけずに生きていけるんだよね、だからきっとそれが正しい。
傷つかない強い人に、なりたいなぁ。。